12月6日(木) ベジャールさん 永眠11月22日、モーリス・ベジャールさんが天に召されました。 私がまだ東京バレエ学校でバレエを学んでいた1983年。ベジャールさんは初めて東京バレエ団にいらっしゃいました。その時に上演された演目は『さすらう若者の歌』『ロミオとジュリエット』『ドン・ジョヴァンニ』そして『ボレロ』でした。 私がバレエ団に入団したのは、それから3年後の1986年『THE KABUKI』初演の年です。女性のダンサーの出番はあまり無かったので、新入生の私など、当然舞台には出られませんでした。でも同期の(高岸)直樹くんが、兜改めのシーンで“傘持ち”の役についた時は、自分が女であることを恨んだくらい、彼が羨ましかったです。 1993年には、『M』の世界初演にオリジナルキャストとして参加することを許され、直接振り付けをつけていただいたり、教えていただくようになりました。私の役は“ヴァイオレット”、私が紫色が大好きなことを見抜かれていたかのようで、寒気がしたのを覚えています。 そして1996年。私は初めて『春の祭典』の主役、生贄を踊りました。 『春の祭典』は私が生まれるずっと前、1959年の作品で、ベジャールさんの最初の代表作です。そんな偉大な作品を、初めて会う日本人のダンサーを相手に、「ここはこう変えて…」と、私を見てはどんどん動きを変えていくベジャールさん。作品にダンサーを当てはめるのではなく、ダンサーの個性を見抜いてそれを作品の中で生かそうとする。そのことによって、作品も生きたものとなって舞台で呼吸を始めるのです。こんなに、ダンサーの個性を見抜き、生かそうとしてくれる振付家に出逢ったことは、ありませんでした。 舞台当日。私は不思議な体験をしました。 その日から、『春の祭典』は私の一番大切な作品になりました。 その後も、日本縦断公演や海外公演などで、数え切れないほど踊ってきましたが、この作品を踊る前はいつも、祈りを捧げる時のような神聖な気持ちになります。毎回、新鮮な気持ちで踊るようにしようと努力するのではなく、自然と集中力が増し、作品に引っ張られていくのです。 そして…最後にお目にかかったのは3年前。 あまり、作品の意図や内容をダンサーに説明することは無かったけれど、動きの意味やイメージについては、たくさんのヒントをいただいてきました。そんな、ベジャールさんから直接聞いた言葉は、これからも忘れることなく守り、伝えていかなければならないと思います。 危篤の知らせを受けた佐々木団長と飯田芸術監督は、すぐにローザンヌへ向かいましたが、間に合わなかったとのことでした。先日、飯田先生にベジャールさんが眠るように目を閉じていらっしゃる写真を見せていただいて・・・本当にもう、今は居ないのだと実感しました。 来年の5月11日、私は『春の祭典』を踊ります。パートナーは新人の長瀬直義です。パートナーが新しいと言うことに、意味があるのかも知れません。 ベジャールさん。 どうぞ、安らかに。。。 幸江より |
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