10月14日(土) 新・チームスペイン

『白鳥の湖』の公演が終わり、11月の『ドナウの娘』に向けて既にリハーサルが始まっています。
これまで何度も踊ってきた作品、また初めて出会う作品…踊る場面は変わっても、毎回新たな発見と出会いがある。舞台芸術の奥の深さに触れ、自分の小ささを知ることが出来る。それが私の喜び。
まだまだ前進していけると思うと、バレエに対しての謙虚な気持ちと周囲への感謝が心にあふれてきます。そして舞台を終えるたびに、皆さまからの感想やご忠告が寄せられ、嬉しい気持ちと反省する気持ちをもって、自分を省みるチャンスが与えられる。
幸せな人生だと思います。皆様、本当にありがとうございます。

今回の『白鳥の湖』は、私にとっていつになく期待に満ちたものでした。
その理由の1つは“スペインの踊り”に新メンバーが加わったこと。そして他にも若いダンサーたちが、重要な役に着いたことでした。
私から見て、東京バレエ団には才能に溢れた若いダンサーが、たくさん居ると思っています。その彼らが成長することを、今、真に望まれている時期だと思うのです。佐々木団長も良くおっしゃるように、ダンサーは舞台で成長すると言われます。100回のリハーサルよりも、1回の本番が重要だと。それは100回リハーサルすることが無意味だという意味ではありません。100回のリハーサルで毎回きちんと踊れても、本番でうまくいかなければそれはプロとして弱いということになる。
本番では衣装や照明、小道具といったリハーサルでは経験できない環境の中で踊らなければなりません。オーケストラの音楽はテープのように毎回同じテンポではないし、指揮者との呼吸も合わせなければならず、何と言っても違うのは、目の前には観客の皆さまが舞台に期待をし、観ていて下さる。そんな条件の中で、自分の持つ技術と演技を披露することは、至難の業です。私もいつも、実力の半分が出せれば良い方だと感じます。これまでに何度「今日、このスタジオリハーサルが本番だったら!」と思ったことか。
若いダンサーは、その怖さもまだ知らないかも知れませんが、大きな役に向かう姿勢を見せ、言動で導いてあげるのも、我々先輩ダンサーの使命だと思っています。

今回“スペインの踊り”に新たに加わったのは、平野玲、奈良春夏、田中結子の3名。玲くんとは『眠れる森の美女』の“カラボス”や『くるみ割り人形』の“アラビアの踊り”などで一緒に踊ってきたので、私の役に対する厳しさやこだわりを人一倍知っています。春夏は“カラボス”をはじめ、いくつかの役を私のアンダースタディ(控え)として、リハーサルを見学していることが多く、私自身最も期待しているダンサー。結子とは直接関わったことはありませんでしたが、身長が同じくらいなので、“三羽の白鳥”や“ワルツ”のソリスト、『ジゼル』の“パ・ド・シス”など、私の踊ってきた役を引き継いでくれているので、時々声をかけたり、冗談を言ったりする気持ちの近い後輩です。

キャストが発表になった日、その3名の名前を見た私に不安はなく、「よし。」とどこかで成功を感じていた気がします。
しかし3人は緊張した面持ちで、「幸江さぁん、スペイン…よろしくおねがいします…」と、かなり不安気。私は笑顔で「がんばろうね」と言ったのですが、その笑顔が逆に怖かったのか、3人とも一様に強張った表情が返ってきました。。。
特に玲くんは私と組むし、「僕は幸江さんとカズさんが組んで歩く、あの場面が観たくて、いつもスペインは楽しみでした」と言っていたので、そのパートを自分が踊るという責任の重さに緊張しているようでした。
春夏はまだ22歳。これまで私のダブルが多かったので「今度は幸江さんと並んで踊れる♪」と喜ぶ気持ちが大きかったようです。本番のビデオを見ると、私と目が合う場面で普通の笑顔になっている春夏を発見!本人も「あれ?超嬉しそう!」と反省していました。春夏ちゃん…私たちは悪魔の手下なんだからね…(・・;)
結子は「私背中が硬いんです…」「腰が心配」と、情けなさそうにしていました。スペインと言えば、後ろに反って、手に持った扇子を床につけなければならないと思っていたようでした。「でもあれは扇子を床につけることより、起きてくる方が難しいの。ピシッと起きて止まる事の方が大事なんだよ」と、反るコツを伝授しました。

初めてのリハーサルでは、飯田芸術監督からの要請で、私も監督の隣に座って新人を教える機会を与えられました。私のパートには、私の控えのダンサーが入ってくれました。(いずれは彼女のデビューもあると思うので、その時はお楽しみに!)一つひとつ、溝下司朗前芸術監督から教わった言葉を思い出し、そこに自分の言葉も添えて、丁寧に振りを伝えていきました。春夏は目に力があり、エキゾティックな雰囲気もある。結子は踊る才能があり、独自のものを持っている。玲くんは皆さんもご存知のように、このところ急成長!演技も技術も優れていて、良いダンサーです。このようにそれぞれ個性がでてくるので、教えていても興味深く「こういう雰囲気も素敵だな」と発見することもありました。

そんな3人を見てリハーサルを重ねるうち、「スペインはこう踊ってね」というより、「どう踊りたい?」とそれぞれがどう感じて、どう踊りたいのかを尊重してあげたいと思うようになりました。3人にはその力があると思ったからです。(後藤)晴雄くんはそんな我々のやり取りを客観的に見て、「うん、うん」とあたたかく見守ってくれていました。彼の存在もまた貴重でした。
そうやって少しずつ踊りこみ、個々の持つ美意識を出し合い、その上でみんなの空気をまとめていくという方法で作り上げていった“スペイン”。はじめのうちは、一緒に踊っていて隙間風を感じることがあったけど、段々と空気がまとまっていくのを感じるのは、本当に面白くて嬉しかった。新人が我々のレベルに追いつくのを待つのでも、新人のレベルに合わせるのでもなく、みんなでゼロから作ったような気がしました。

本番当日は3人とも、それはそれは緊張していました。3幕前の休憩中の舞台で、玲くんはせっせと場当たりをし、春夏は何からやっていいのか分からず、呆然と固まっていました。結子は肉眼で確認出来るほど、腕や胸元に鳥肌がたっていました。「おーい、大丈夫かーい?」と思ったけど…。声をかけると、しっかりとした笑顔が返ってきました。

コレです、コレなんです!!!

突き詰めたリハーサルと仲間同士のコミュニケーション、そしてまたリハーサルを繰り返すことで、役の大きさや責任の重さを知って怖くなる。でもその恐怖心を吹き飛ばすことが出来るのは「どんなリハーサルをしたか」…それだけ。
私は、それを通り超えなければ、舞台に上がってお客様の前に立つ資格は無いと考えています。群舞もソリストも、それは同じだと思います。
振り付けをビデオで覚え、その意味や目線など学ぶことなく舞台に上がり、何となく成功してしまうことの恐ろしさ。失敗を失敗と感じることなく進んでいくのは間違いです。
今回は、私が先輩や司朗先生からしていただいた指導の形を、後輩に伝えることが出来たと思います。

公演が終わり、5人で手を取り合い、「お疲れさま!」「ありがとうございました!」と、一点の曇りもない気持ちで言い合えて、今回の『白鳥の湖』が終了しました。いつしか皆さんの中から生まれた「チームスペイン」という言葉。これは個々に輝くダンサーが、力強くまとまった時に生まれた言葉だったと記憶しています。今回、「新・チームスペインが誕生した」と言えますよね?私はそう思いました。

他にも、道化の松下裕次、パ・ド・トロワの宮本祐宜、佐伯知香など、今後が楽しみな後輩がたくさん居ます。その全ての人たちとは、今回と同じように関われないかも知れないけど、私は私の信念と司朗先生からの教えを信じ、作品とダンサー、そして観客のみなさまのことを第一に考え、愛する後輩達と真剣に関わっていきたいと思います。そして残された現役生活を、真っ直ぐに生きたいと思っています。

                                      幸江より