9月13日(水) 後輩を見送る気持ち

今日は皆さまにご報告があります。
私の大好きな『ジゼル』の“ミルタ”、『眠れる森の美女』の“カラボス”、『ドン・キホーテ』の“メルセデス”など、数多くの役をダブルキャストとして踊ってきた後輩の大島由賀子が、この8月をもって退団いたしました。

先ずは由賀子本人からのメッセージをお伝えしたいと思います。


ご無沙汰しています。由賀子です。
突然の報告になってしまいますが、8月31日をもって東京バレエ団を退団いたしました。
急な話で驚かれた方も多いかと思いますが、退団を決めたのは今年に入ってすぐのことでした。
これ!といったきっかけは特に無かったように思います。踊ること、舞台に立つことが嫌になった訳では決してありません。

結婚してから「子供がほしいなぁ」と何となく思っていたことが「どうしても子供が産みたい!!」という具体的な目標に変わったから・・・というのが一番の理由です。これがなかなか唐突だったので、周囲をずいぶんと慌てさせたようでしたが、私としては「自然、普通・・」という感じでノホホンとしていました。「子供ができてから辞めれば!」という声が沢山あったのですが、「できたので辞めます。後はよろしく!」みたいなことが、どうしても考えられなかった。子供をつくるためにはまず辞めて、心も体も準備を整えて・・・って、実はそういう性格なんです。「子供が産まれたら戻ってくれば!」という声も沢山ありました。有難いです。でもこればっかりはわからないなー・・踊りたいって思ったらどこかで踊るのかも。その時はまた突然動き出すだろうと思います。

大好きな踊りを仕事にすることは大きな幸せである反面、仕事であるがゆえの辛さも沢山ありました。理想と現実のギャップに落ち込んだり、進むべき方向がわからずになやんだり、自分を責めたり、周囲とぶつかってしまったり・・・笑ったり泣いたりしながら10年間走り続けてきた気がします。振り返ってみればやっぱり大変だったかなって思うけど、私にとって東京バレエ団での経験は間違いなく大きな財産になったし、これからの人生の自信につながってくれることと思います。
舞台の最終日、バレエ団を去る日、私は沢山の愛情に包まれて暖かく送り出してもらいました。全ての人に感謝しています。

そして最後になりましたが、この場を私に与えてくれた幸江さん。本当にありがとうございました。幸江さんはもう忘れちゃったかもしれないけど、私がアキレス腱を切って入院していた時、病院に手紙を届けてくれましたよね。あの時は『眠り』の直前で『オーロラの友人』を一緒に踊らせてもらうはずだったんです。そこには「肩を並べて踊るのを楽しみにしていたのに残念です」と書いてありました。怪我をした後、初めて人の言葉で泣きました。「幸江さんと肩を並べて踊れるようになるまでは頑張ろう!」って復帰することを決めました。
そして今の私があるんです。だから最後の舞台でチーム・スペインを踊れたのはとても嬉しかった。2人で肩を並べて踊るスペインは私にとって特別な作品だったんです。3羽、カラボス、リラ、ミルタ、メルセデス・・・などなど、沢山の役を踊るうえでのアドバイスだけでなくダンサーとしてやっていくことにも力を貸してもらったという訳です。本当に今まで面倒をいっぱい掛けちゃってすいませんでした。今までもこれからも私以上に手のかかる後輩はいないでしょうね。でも私はそれを嬉しく思います。姉さん、本当にありがとう。最後の最後までお世話になりました。私に子供が産まれたら、またここで宣伝してね。
そして、今まで応援してきてくれた皆様へ。長い間ありがとうございました。これからも東京バレエ団をよろしくおねがいします。

愛をこめて  由賀子


…由賀子らしい文章です。退団して一息ついている旅先から送ってくれました。

私のダブルを初めて踊ったのは、もう何年前になるんだろう?“カラボス”の時。第一印象は、「体力のない子だなぁ^^;」でした(笑)
当時は溝下司朗先生がいらしたので、私はあまり口出しはせず、リハーサル後にほんの少しアドバイスをするくらいでしたが、毎回のリハーサル後「幸江さん待って!」とスタジオを去ろうとする私の前に大きく立ちはだかり(本当に手を横に広げて、通してくれないんです)私からの注意を聞こうとしました。何て貪欲で向上心がある子だろう?と感じ、「よし、この子にはしっかり私の思いを伝えよう」と心に決めたのでした。
それから“ミルタ”、今年の“メルセデス”など、厳しい事もズバッと言う私に負けず、最後までついて来てくれたな…と思います。

由賀子の退団を知ったのは今年の海外公演の直前でした。初めてメルセデスを踊ることになった彼女は、自習を重ねることによって、役を自分に引っ張ってきていました。役を理解しようとするよりも、自分をどう見せるかに走っているように見えました。私にはそれがメルセデスではなく“ユカコ”に見えた。
特にメルセデスという役は、踊っていない時にどう舞台に存在するかがとても重要で、きっちり踊るだけでは表現しきれないものがあります。そこを、彼女は忘れていた。
でもそれを注意するには、慎重に言葉を選ぶ必要がありました。あまりストレートに言ったのでは、せっかくの向上心に傷をつけかねないからです。そんな時、プライベートでお茶を飲みながら話す機会があり、そこでじっくりと話しをしました。その時に、退団することを話してくれたのです。

「居なくなっちゃうのか…」そう思ったら、「それなら最後までとことん付き合おう」と思いました。辞めちゃうならこの程度で…と思う事も出来たと思うけど、いつも本気の由賀子だから、最後まで付き合おう!と思えたのかも知れません。
こんなに私にぴったりとくっつき、真っ直ぐに役と向き合い、悩み、迷い、そして泣いた後輩は居なかった気がします。存在が近かった分、ぶつかりもしたし、本気で怒ったこともありました。けれど、絆が切れることは無かった。普段からべったりと一緒に居たわけではないけれど、舞台に向かっていく時はいつもそばに居たような気がします。
彼女の最後の舞台となった、8月の世界バレエフェスティバルの3つの全幕公演の時も、私の楽屋にお菓子を持って遊びに来たり、息抜きに散々しゃべっては、「じゃあネ!」って自分の楽屋に戻って行ったりヾ(・・;)ォィォィ、かわいい後輩でした。

そんなかわいい後輩を見送るって、とても寂しいものです。

由賀子。
最後のスペインを踊るために買ってきてくれたお揃いのピアス、どうもありがとう。「これは由賀子と踊る時だけの物だからね!」と言ってプレゼントしてくれたね。アキレス腱を切って、そこから復帰をするのに「いつか幸江さんと肩を並べて踊るんだ」っていう思いがあったこと、いま初めて知りました。あのピアスは、私にとっても思い出深いものになりそうです。ホント、こんなに手のかかる後輩は居なかったぞ!(笑)その由賀子がお母さんになるためにバレエ団を辞めるんだもんね?元気な赤ちゃんが授かりますよう、心から祈っています。元気でね♪

この先、東京バレエ団の舞台で、彼女の踊りを見ることは出来なくなってしまいますが、客席で見かけることはあると思います。その時はどうぞ、声をかけてあげて下さい。

由賀子、本当にお疲れ様でした。。。またね♪

                                      幸江より