7月12日(月) グラーツでの『バクチ』

ミラノ公演を終え、いよいよ海外公演の最終地、ドイツ・シュツットガルトに着きました。ここではミックスプログラムを2回公演し、週末には帰国します。しかし、「DIARY」は時間を戻して・・・6月中旬の一時帰国のころの話になります。
前半戦を終え、一時帰国した翌日から毎日のようにベジャールバレエ団を観に行きました。自分が踊る予定の演目を事前に観られるなんて、滅多に無いことですから。特に『バクチ』は3つ全てを通して観たことがなかったので、とても興味がありました。
でも観終わった瞬間、戦意喪失。すっかり打ちのめされてしまいました。とても素晴らしかった。私が以前に踊ったのはもはや「バクチ」ではない。とさえ思いました。8月のガラ公演まで、時間をかけてじっくりと自分の血肉になるように役を噛みしめよう…と思っていたのに、そんな悠長な事を言っている場合ではなくなったのです。

海外公演の後半戦に出発する予定だった6月28日に、オーストリアのグラーツでガラ公演があり、急遽東京バレエ団も出演することになりました。「15分程度の作品を」との要請だった為、ベジャールさんの了解も得て、演目は『バクチIII』に決まりました。キャストは木村和夫くんと私です。正式に決まったのはガラ公演の10日ほど前だったので、リハーサルスケジュールや衣裳の準備、そして飛行機の手配など、ダンサーも事務所も大慌てでした。ガラ公演のあと、同じ劇場で7月1日から東京バレエ団の公演が始まる予定だったので、芸術監督の溝下司朗先生とカズくん、群舞の男性6名と私の9名が、バレエ団のみんなより2日早く現地入りする事になったのです。

グラーツに出発するまでの数日間、日本ではベジャールバレエ団が東京バレエ団のスタジオを使ってリハーサルする日もあったので、合間を見てキャサリン・ブラッドネィさんが『バクチ』を1日だけ教えてくれる事になりました。多少振り付けが変わったところもあり、カズくんと自習をしながらその日を待ちました。リハーサル当日、我々はスタジオでキャサリンが来るのを待っていました。ところがスタジオに現れたのはベジャールさんではありませんか!!!!!心臓はバクバクいいだすし、手には汗がびっしょり。言葉もなく固まっていると、鏡の前に座られたベジャールさんはいとも簡単に「はい、じゃ見せて」とおっしゃったのです。新しい振り付けをゆっくり教えてもらおうと思っていた私たちはかなり面食らいました。でもベジャールさんは始めから少しずつ、とても細かく丁寧に指導しはじめたのです。その瞬間、私たちの緊張は集中へと変わり、とても濃い時間を過ごすことが出来ました。細かい振りやニュアンス、動きの意味なども話して下り、時には椅子から立ち上がって、私たちの体に触れて形を教えて下いました。ベジャールさんご本人から指導を受けると、体に何かが吹き込まれていくような感覚になるんです。『M』や『春の祭典』の生贄のリハーサルの時もそうでした。動きが自分の体に染み込んでいくのがはっきりと分かる。本当に魔法にかかったように。これが踊る喜びや自信へと繋がっていくんです。今回は短いリハーサル時間しか取れなかった私たちには、何よりもありがたいものでした。ベジャールさん、本当にありがとうございました。
翌日、今度はキャサリンがテクニック面のことを教えてくれました。彼女はとっても穏やかでいつも笑顔。「そこは大変だけど、左手を使うと上手くいくわよ」とコツまで教えてくれるんです。やはり実際に踊っている人だと、苦しみも分かち合えますよね。このようなリハーサルが出来たことで、練習時間数が少なくても、それが不安材料になる事無く、グラーツへ発つ事が出来ました。

バレエ団を出る時、後輩たちに「幸江さん、頑張ってね〜」と見送られながら、我々9名は26日にグラーツ入りしました。着いた翌日はリハーサルのみ、少人数だったためか、和気あいあいとした雰囲気でした。でも群舞の6名のダンサーの中には、今年入団した新人も入っていたので、司朗先生も教え甲斐があったのか、容赦なくビシビシとしごいていました。ダンサーを厳しく指導する司朗先生が、私は大好きです。時々冗談を言って笑わせながら、しめる時はビシっとしめる。こうやって、私も育ててもらったな…と懐かしかった。カズくんはそんな先生の冗談をまるで人事のように聞き、大笑い。注意されている若者は必死。「バレエ団のみんなが来てからも、今の緊張感を持ってレッスンしなさい」という先生の言葉、本当にそう。忘れないでね。

ガラ公演には他にグラーツバレエ団、ボリス・エイフマンバレエ団、そして日本から和太鼓の「倭(YAMATO)」などの出演もありました。ちょっと脱線しますが、皆さんは、太鼓の演奏をちゃんと聴いたことありますか?私は初めてでした。公演の合間に、倭の舞台を聴きに行ってきたのですが、これが感動!丘の上にある時計台のそばの野外会場だったので、少々寒かったけどかなり楽しめました。公演が始まる前には、由賀子(大島)とビールを飲んだりして(^^)v太鼓の音楽としてもそうだけど、パフォーマンスとしてもとても楽しくて、観客が手拍子で参加したり、演奏者たちの冗談に笑ったり、すごく楽しくて良い舞台でした。太鼓には大きさも音色も色々あって、叩く姿は女性も男性も半端じゃない!力強さはもちろんだけど、後姿がきれいでした。潔さと仲間との呼吸。人に何かを見せるものとして共通のものも感じ、いっぺんに魅了されてしまいました。和太鼓だけではなく、三味線や笛、ドラなども加わって、音楽的にもとても幅広く、グラーツの観客にもとてもウケていました。倭の方々とは縁があるようで、ガラ公演のあとも偶然空港で一緒になったり、この先のシュツットガルトでも同じ日に公演があるようです。せっかくの出会いだから、これをきっかけに、お友達になれたら素敵だな♪と思っています。

ガラ公演はその「倭」で始まりました。それぞれが15分程度の持ち時間で、東京バレエ団は1部の最後。佐々木さんも応援に来てくださり、気後れすることなく、堂々と踊れました。全てはあのリハーサルのおかげです。観客の反応もとても盛大で、緞帳が下りてからもしばらく拍手が鳴り止まなかった。ベジャールさんの作品は、音楽と動きが一体化しているから、どこの国へ行ってもオーディエンスの心に何かを届けることが出来ます。それを踊る事が出来て、本当に光栄でした。ベジャールさん、佐々木さん、司朗先生、スタッフの方、仲間たち…みんなに感謝しました。
本番を終えた日の夜遅く、ホテルに戻るとバレエ団のみんながチェックインし終えたところでした。たったの2日間だけど、みんなに会えて懐かしく思えました。長旅で疲れていたと思うのに、目が合えば「お疲れ様でした」と声をかけてくれて嬉しかった。よし!また明日から、今度は東京バレエ団として、みんなで頑張ろう!!と思った夜でした。

グラーツは天気が変わりやすいけど、朝からずっと鳥たちのさえずりが耐えないような美しい街でした。劇場までは徒歩10分強。劇場内は迷路のようだったから、そりゃー私は苦労しましたが(カズくんは私が迷子になっていないかと心配して、楽屋まで迎えに来てくれる優しい人です♪)美しい劇場でした。プログラムは『春の祭典』『火の鳥』『ギリシャの踊り』『中国の不思議な役人』『ボレロ』の3つを組み合わせた2つのプログラムで、『春の祭典』と『火の鳥』はグラーツのオーケストラが演奏してくれました。はじめはテンポや音がいつものテープとはかなり異なっていたために戸惑いましたが、オーケストラが指揮者の指示に従ってどんどん変わる…生意気な言い方をすれば、成長するのを聴いていて、鳥肌が立つほどでした。正に、プロのすごさを見ました。

後半戦もよいスタートがきれました。そして私にとってグラーツは、『バクチ』と「倭」との出会いもあって、特に思い出に残る土地になりそうです。皆様にも思い出の地はありますか?良かったら、聞かせてください。。。