12月16日(月) 『THE KABUKI』…日本人の私
『THE KABUKI』の東京公演が終わり、あとは名古屋と会津での二回の公演をもって、今年の全ての公演が終了します。今年を振り返るのはまだ先にとっておくとして、今回の公演で感じた事を。
『THE KABUKI』は私が東京バレエ団に入団した1986年に初演されたモーリス・ベジャールさん振り付けのバレエ団のオリジナル作品です。「仮名手本忠臣蔵」をバレエ化したのもで「前世は日本人だった」と自らおっしゃるベジャールさんならではの傑作と言われています。私も歌舞伎座で「仮名手本忠臣蔵」を昼夜一日がかりで拝見しましたが、それを2時間のバレエに凝縮してしまったベジャールさんには同じ人間とは思えないものを感じます。(簡単なあらすじは…元禄14年(1701)播州赤穂藩主、浅野内匠頭(塩谷判官)が江戸城内で吉良上野介(高師直)に切りかかり、その日のうちに切腹を命じられる。元禄15年12月15日早朝、浅野の家臣、大石内蔵助(大星由良之助)以下47士が、吉良の屋敷に討ち入り主君の仇、吉良上野介の首を討ち取り無念を晴らした。。。というものです。*かっこ内は「THE
KABUKI」での役名)
同期である高岸直樹くんが入団してすぐに「良い事があったよ!」と先ず私達に由良之助を演じる事が決まった事を、何とも表現し難いくらい良い顔をして報告してくれた事を文字通り昨日の事のように思い出しますが、彼ももう由良之助を踊って17年。毎回舞台を背負っている責任と魂のこもった踊りには尊敬の念さえ覚えます。普段の“おちゃらけ直樹”とはまるで別人ですよ(笑)
私は今回の舞台を今までと違った観点から見る事が出来ました。
初役が多かった事、友人がエキストラで参加した事、遊女にダブルキャストがついた事…そういった事からいつもより客観的な立場で舞台に参加したように思います。(勿論出演しているので限度はありますが)
舞台袖から観ていて、何度も鳥肌が立ち、涙が出てくるシーンが沢山ありました。その中でも塩谷判官切腹から山崎街道のお軽・勘平のところはとても好きです。即刻切腹を言い渡された判官が由良之助を待つ、力弥(由良之助の息子)が「まだ来ません…」と首を振り、無念の面持ちで自害する様。そしてその後ろを判官の妻、顔世御前が桃の木を片手に静々と歩く…。そして青年が判官の最後の言葉を耳打ちされ、由良之助へと変わっていく・・・。
山崎街道では勘平の間の悪さから運命に流されてしまうもどかしさ、死んだ勘平も47士の一員として受け入れ、血判を押させる由良之助の優しさ…。。。思い出しても泣けてきます!ベジャールさんってどんな心を持っているんだろう。このバレエを観て何も感じない人が居たら会ってみたい、と思うほどです。
今回のプログラムの中に、歌舞伎俳優の二代目中村吉右衛門さんのインタビューが載っていました。これを読んですごく納得した部分があり、日本人で良かったと改めて感じました。「主人が間違った事を言ったら、死ぬ覚悟で注意できるのが武士」「表面的には見えないけど、きちんとしているとにじみ出てくるという考え方。日本の文化というのは、そういうことなんじゃないでしょうか」という言葉にです。
自分より立場が上の人に対して意見するのはとっても難しいですよね?嫌われたら損だから、見て見ぬふりをしたり、聞き流してしまったり…それが良い事とは思っていないのに出来ない人間の弱い部分。そしてついつい表面上の損得を考えて見えない部分の努力を省こうとする。いわゆる「美味しいトコと持っていく」という言葉があるように、表面上の利益欲しさに行動する。私みたいな若輩者が言うのは本当におかしいけれど、日本もそうなってきてしまっているように思います。
バレエ団の事で言えば、振りを先輩から後輩に伝えると言うよりはビデオを見て動きだけ“真似”して踊るという事が多すぎる。これじゃ動きの意味なんて分かりっこない!先輩に頭を下げて「教えて下さい」という人も少ないし、自分にダブルがついた時に、競争心からなのか、まるで面倒を見ようとしない先輩も多すぎる。古典芸術は伝統だし、守るべき事と改善するべき事が同居した、一歩間違えば違った方向に行ってしまう危険性のあるものだと思う。ビデオなどが使えるようになり便利になってきた分、大事な事が「古臭いもの」と捉えられ、省かれて事が進んでも、その事にさえ疑問を持たない人が増えてしまって、真意を持った人達が少数になってしまった。また自分を含めて、“死ぬ覚悟で主人に意見を言う”事が出来ない弱さを指摘された気がしました。
私はいい先輩では無いかも知れないけれど、堂々と言える事があります。それは自分と同じ役についた後輩の面倒はきちんと見ている事です。まぁ後輩があまりにも生意気でなんの挨拶も無く、勝手にやってる場合は教えないと思いますが(笑)ってこれではダメなんですよね?これはまぁ冗談です。。。
私が初役を与えられた時には大体先輩が居ました。ビデオを見るのは最終手段で、先輩が居る前では逆にビデオを見るのは失礼だと思い、見られなかったくらいです。その時の事が今でも頭にあって、あの時に細かく指導して下さった先輩方には本当に感謝しています。時には厳しい事を言われ泣いた事もありましたが、上手になりたいと思えば先輩に対しての敵対心なんてあり得ない。バレエ学校時代に厳しく育てられたのでそう思えたのでしょうけれど。。。確かに今の時代、いくら愛情があっても厳しさがイジメに捉えられたり、嫌われてしまったりするけど、それを恐れていては良いものは伝わっていかない。「良い舞台にしたい」という気持ちは皆同じ筈、だったらもっと本気でいこうよ!と思います。良いのもを伝えて行く為にはキャスティングに関してもどんどんアンダースタディ(舞台には出ないけれど控えとして覚える人)を作って、1stキャストの人にも責任感と危機感を与えるべきだと思います。「この役は幸江さんじゃなきゃ!」と言われるのはとっても嬉しいけれど、それは現役時代ではなくずっとずっと先になって思い出して言ってもらえるのが、最高の誉め言葉なんじゃないかな♪
吉右衛門さんは「判官を演じた場合は楽屋でうろうろしてはいけない、と教わりました」ともおっしゃっています。楽屋での行動なんて、観客席には見えないけれど、そう言う事が大事だと、本当に本当に常々思っていたので、そういった点では私はこれからも“表には見えない部分”にもこだわって演じて行きたいと思いました。
随分偉そうな発言ばかりの日記になってしまいましたが、『THE KABUKI』を通して、こんな事を考えています。これって『眠り』や『白鳥』では感じる事が少ないと思う。それは私が日本人だからかな……。。。 |