7月6日(土) 『白鳥の湖』本番当日 −2幕の巻−

では私達の本番の日の出来事を。。。
私と晴雄くんの主演した『白鳥の湖』の公演は、学生達が学校教育の一環として芸術鑑賞するもので、今回は白梅学園、成城学園などの生徒さんたちがその対象だった。開場になってからは楽屋にもマイクを通して客席の賑やかな女の子達の声が届いていた。私も学生の時に芸術鑑賞で歌舞伎を観に行った経験があったので、懐かしく感じたな。指揮者のミッシェル・ケバルさんがオーケストラ・ピットに入った時の黄色い歓声には正直驚たけどね…。
この日は13時半と開演時間が早く、10時半という早い時間からのレッスン。でもレッスン前に充分なストレッチがしたかったから、7時半過ぎには家を出て、楽屋について先ずはメイク。急いでするメイクはラインに時間をかけずに思い切り良くかくせいか、意外と綺麗に決まる。この日のメイクも、まぁ気に入った出来だったかな(笑)そして舞台の上でストレッチをしているとダンサーが一人また一人と集まってきた。いつも早く来るのは直樹くん、首藤くん、カズくんと決まっていて、普段バレエ団に来るのもほぼ同じメンバー。近くのバーに着いている首藤くんと軽く話しをしたけど、彼は私が緊張していると思ったのか、あまり無駄な話はしてこなかった。実は前日、偶然帰りの電車が一緒になったので今回私が緊張していない事を話したんだけど、彼は「明日急に(緊張感が)くるんじゃない?」と心配してくれていたので、あまり無駄な話をするのは控えたのでしょうね。首藤くん、気配りありがとうね。
そうこうしていると、私の王子様が登場(笑)晴雄くんとは以前から隣のバーを使っていたので、気軽く「調子はどうよ?」みたいな話をした。彼はいつでも穏やかな表情をし、話し掛ければにこやかに返してくれるんだけど、それはいつもと同じだった。レッスン中彼の踊り方を見ても普段と何ら変化無く、力みも感じなかった。今日の舞台を楽しもうという感じが伝わってきて、頼もしい人だなと思いました。

私はレッスンを後半の部分で切り上げて楽屋に戻り、本番の準備に取り掛かった。シャワーを浴びて髪飾りを付け、ピンク色の本番用タイツを身に付けた。みんなのレッスンが終わったのは開演の1時間半前。ダンサー達それぞれが自分のペースで舞台に向けてテンションを上げていく時間だ。オデットは2幕からの登場だけど、仲間達の表情を見ておきたくて、開場した頃(開演30分前)から舞台の脇でトゥシューズを履いたりして準備をしていた。王子の衣装に身を包んで舞台にやってきた晴雄くんに「最後に私に言っておきたい注文とかある?」と聞くと彼は「ううん、それはもう今までに全部伝えてきたから」と既に王子の雰囲気が体から漂っていて、舞台がもう始まっているような感覚になり、自然とオデットの気持ちになっていった気がする。
晴雄くんと二人で、舞台上に居た仲間達に「よろしくお願いします!」と声を掛け、何人かから「頑張ってね!」と声を掛けてもらいながら、私は楽屋へ戻りました。

前奏が鳴り、幕が上がる。。。その時の気持ちを正直に言うと「早く2幕にならないかな…」。私は緊張するどころか早く舞台に立ちたかった(これは本当に珍しい事なんですよ!)勿論、自信なんか無いけど楽しみで仕方なかった。
1幕が終わり、パ・ド・トロワとピエロのカーテンコールをはさんで、そのまま第2幕へ。2幕の前奏中、幕の内側ではスタッフがスモークを炊き、靄の雰囲気を演出。私は舞台のセンターに立ち目を閉じました。幕が開き、ロットバルトが空間を支配するさま、王子が湖のほとりで狩の獲物、白鳥を探す姿。私はギリギリまで舞台を観ていた。王子がオデットを見つける瞬間、客席からは見えていないけれど、袖幕の中で湖に降り立ち羽を休める振りを私は勝手に作っていました。私の中では、王子がオデットを見つけた瞬間から、もう私の踊りは始まっていたんです。
舞台に出てからも妙に冷静で落ち着いていて、恐いという感情はなかった。一つ一つの動きを言葉で語るように丁寧に踊っていった、晴雄くんと一緒に。ゆったりした動きの役を演じる機会があまりないので、とても新鮮な気持ちがした。その時に感じた事がある。それは指揮者のケバルさんの事。ケバルさんと東京バレエ団はとても長い間、共に舞台を作ってきました。でも私が個人的にケバルさんに音楽の事で注文をつけたりした事は今まで無かった。今回も何といっても私達は3rdキャスト、自分達のテンポの事など言う暇はありませんでした。だから少しだけ心配していたのが、「美佳ちゃんの踊ったテンポで踊らなきゃ…」という事。私はココでもう少し溜めたいとか、ココは間を空けたくないとか、多少なりともあったんだけど、結局それは言えなかった。でもいざ踊りだすとオケピットからケバルさんに「好きなように踊ってごらん、合わせてあげるから」とか「ココはこのテンポじゃないと音楽的に変だから合わせて!」と話し掛けられているような気がしたんです。特にグラン・アダージォの一曲の中で、ケバルさんの語りかけがビンビン感じた。これは初めての体験だった。
舞台前、実は晴雄くんと「音楽が早くても遅くても今までの自分達の呼吸を崩さずに踊ろうね」と話していました。音楽に遅れたからってあわたたりしないように気をつけようと。でもそんな心配は要りませんでした。ケバルさんの偉大さに心から尊敬の念を抱き、同時に音楽と舞踊の一体感を味わったかも知れない…なんて大袈裟かな?でもこれは生の音楽ならではの、忘れられない素敵な経験でした。
それがあったから、3幕も4幕もテンポを気にせず、かえってケバルさんがどんなテンポでくるのか楽しみになり、逆に自分の音楽性をぶつけてみたくなったくいらい。。。

最後のカーテン・コールでケバルさんを呼んだ時、舞台上で「オメデト、イワキサン」「オメデト、ゴトーサン」と声に出して下さったのですが、私の方こそ本当に素晴らしい音楽をありがとうと、心から思っていたのです。フランス語が出来たらと本気で悔しく思った。舞台が終わってから普通に、「メルシー・ボークー」と言うのが精一杯でした、あ〜情けなや………。

では2幕、私のオデットの役作りについて聞いて下さい。私は役について考える時間が何よりも好きで、どの役にもかなりのこだわりを持っています。私の考えた事をお話ししますがこれはあくまでも私の場合。それは間違っている!と思う方も居るかも知れませんが、そこのところはまぁお許しを。
今回のオデットについては、珍しくあまりビデオを見ませんでした(6〜7本は見たけど)それは多分、バレエ団に入団してから今までに、先輩のは勿論の事、数多くのゲストダンサー達が踊るのを間近で見ていて、肌でオデットというものを感じていたからだと思います。この人のこの表現は素敵だなとか、私ならこうするけどな…といった事が常にあったので、自然と私のオデット像は出来上がっていたんだと思う。でもそれは自分が踊る事とは関係ない「理想のオデット」。自分が踊るとなると、果たしてその「素敵な振り」が私に合うかどうかも問題になってくるから、理想をそのまま踊った訳じゃない。
それに今までの役作りと一番違ったのは、一人じゃなかった事。『ジゼル』の女王ミルタや『眠れる森の美女』の悪の精カラボスはパートナーは居ないでしょ?だから、周りとの兼ね合いは気にしたけど、自分の役を自分で練り上げて演じていれば良かった。でも、オデットは常に王子と一緒で、王子のおこす行動に反応する動きが多い。出会いのシーンだけをとっても、王子の気持ちが分からないと、驚きようが無かった。そこで晴雄くんとの話し合い、台詞の言い合いが始まった。
幸江「例えばどういう気持ちでオデットに近づいてしまうの?隠れて見ていたのにオデットの美しさに思わず近づいてしまう…と言うのが普通の解釈だけど」
晴雄「僕は、本当は隠れたくないくらいなんだよね(笑)ずっと見ていたい。」
幸江「それは困るよ(笑)」
晴雄「だよね…えっと、オデットに触れたいと思った。」
幸江「いきなり?」
晴雄「そう、だってぇ、綺麗なんだも〜ん(笑)」
……とまぁ、こんな具合で冗談を交えながら、二人で2幕の最後までをスタジオで実際にに動きながら芝居をしていった。そう、まさしく台詞のある芝居。周りに居た仲間達はそれを見て、あいつら何やってんだ?と思ったかもね。。。
でも、それが出来るってなかなかない事で、私にとってはこれが理想の役作り。晴雄くんも「俺、こういう風に話しするの、すげー好き!」って言ってくれたので、このディスカッションは本番前日まで続く事となったのです。二人が最も大切にしたのはウソの無い踊り、会話のある踊りでした。少しでも振りに疑問があると、たとえそれが自分だけのソロの部分であっても、「どう思う?」と聞いたり、「こうなんじゃない?」と意見を聞く事で解消していった。どうしても納得いかない所は司朗先生が助けて下さったけれど。

そうして出来上がった私達の王子とオデットの関係は…若く、一途で思い込んだら命がけの情熱と優しさを持った晴雄王子と、自分の置かれた境遇を悲しみながらも、まっすぐに生きようとする姿勢は変えない、ちょっぴりお姉さんのオデット姫。出会い、王子の眼差しの一途さにオデットは心を開いていってしまう。でも彼に心を許し、愛してしまえば彼がロットバルトによって命を奪われてしまうかも知れない、だから素直に心が開けない…そんな葛藤が、グラン・アダージォで少しづつ解きほぐされていく。でもオデットは自分を助けて欲しいなんて思っていなかった。今日この時を…今夜だけ王子と一緒に居られれば、それで幸せだった。だから、愛を誓うと言う王子に、「本当に愛を誓う相手は私ではありません」と言うように首を振る。だって人を愛した時って、自分の事よりも相手の幸せを望みますよね?
だから、純粋に王子との時間が引き裂かれる事が悲しくて辛くて、ロットバルトが二人を離そうとする力よりも強い思いで、王子の腕の中にオデットは自らの力で入っていった。最後の別れのシーンは3組ともそれぞれ振りが違ったと思うのですが、私も最も考えたシーンでした。

あ〜、今でもすぐにオデットの気持ちに戻れる気がする。。。

つづく(笑)